東京地方裁判所 平成10年(ワ)26425号 判決 2000年6月22日
原告 株式会社X商事
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 沼田安弘
同 宮之原陽一
同 川西秀樹
沼田安弘訴訟復代理人弁護士 長田敦
同 上田美帆
被告 B
右訴訟代理人弁護士 武田峯生
主文
一 被告は、原告に対し、金668万5,500円及びこれに対する平成10年11月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを4分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、金2,972万6,000円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行宣言
第二事案の概要
本件は、株式会社である原告が、原告の元代表取締役であった被告に対し、被告が原告の代表取締役に就任中、1度も株主総会を開催せず、株主総会において利益処分案の承認決議を経ることなく、合計金2,972万6,000円の役員賞与を取得したなどとして、商法281条1項及び283条1項の違反を理由に、同法266条1項5号に定める損害賠償請求権に基づいて、右役員賞与と同額の賠償金及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
一 前提となる事実(末尾に証拠の記載のない事実については当事者間に争いがない。)
1 原告は、昭和23年2月に訴外C(以下「C」という。)によって設立された損害保険代理業、自動車損害賠償保険法に基づく保険代理業等を目的とする、従業員が取締役を含めて3名ないし7名の規模の株式会社である。
被告は、早稲田大学競争部におけるCの後輩であったが、昭和27年暮れころ、Cから誘われて創生期の原告に入社し(甲一一、乙一、弁論の全趣旨)、昭和46年、代表取締役会長に退いたCの跡を継いで原告の代表取締役に就任し、平成10年8月31日に辞任するまで、原告の代表取締役社長の地位にあった者である。
2 被告は、当時代表取締役会長であったCが昭和51年1月に死亡した後、昭和51年2月から平成10年8月31日に辞任するまでの間、原告の代表取締役社長として原告の業務運営を取り仕切ってきたが、その間、1度も株主総会を開催しなかった。
3 被告は、昭和52年3月期から平成10年3月期までの22年間に、原告から取締役報酬として合計金2億4,155万円を得たことに加えて、役員賞与として、別紙「X商事人件費推移」の「B賞与」欄記載のとおり、合計金2,972万6,000円を取得している(以下、これを「本件役員賞与」という。)。
4 なお、原告の株式は、Cが生存中は実質的には同人が全株を所有しており、Cの死亡後は、同人の娘であり原告の現代表取締役であるA(以下「A」という。)が全株を所有している(弁論の全趣旨)。
二 争点及びこれに対する両当事者の主張の要旨
1 被告による本件役員賞与の取得が違法性を有するか
【原告の主張】
(一) 役員賞与は、取締役の功労によって会社が利益を上げることができた場合にその功労に報いるために支給されるものであって、その年度に利益が出たことと、株主総会において、役員賞与についての利益処分案の承認決議が行われることが必要である。
(二) ところが、原告において、昭和52年3月期から平成10年3月期までの22年間で利益が出ているのは、昭和52年3月期、昭和59年3月期、昭和60年3月期、平成3年3月期から平成6年3月期まで、平成9年3月期及び平成10年3月期の9年間に過ぎず、それ以外の13年間は損失であった。
(三) さらに、被告は、右22年間において、原告の代表取締役社長として会社の業務運営を独断専行し、1度も株主総会を開催せず、株主総会において利益処分案の承認決議をまったく行わないまま、原告から金2,972万6,000円もの本件役員賞与を取得している。
(四) 被告の右行為は、商法283条1項及び281条1項に違反し、違法である。原告は、右違法な役員賞与の支出により、同額の資産が減少し、損害を被った。
したがって、原告は、被告に対し、商法266条1項5号に基づき、右損害の賠償を請求する。
(五) なお、被告は、被告が原告の他の取締役社員らの2倍ないし3倍近い年収を得ていることについて、被告が原告に多大の貢献をしているから実質的に見て合理性を有する旨主張するが、被告に被告主張のような原告に対する貢献は認められず、被告が受領していた役員報酬・役員賞与の合計額は、他の取締役社員らと比べて非常に多額であり、実質的に見ても合理性を欠くものである。
【被告の主張】
被告が取得した役員賞与は、形式的には商法に則っていないかもしれないが、次のとおり実質的合理性を有するものであり、必ずしもその責任を追及されるほど違法とまでは言えない。
(一) 被告は、確かに原告の代表取締役在任中1度も株主総会や取締役会を開催しなかったが、原告の創業者であり前代表取締役であったCが、原告設立以来まったく株主総会や取締役会を開催していなかったので、これをそのまま踏襲したに過ぎず、原告のような小規模の会社ではかかる場合も少なからず存する。
(二) 被告が代表取締役在任中、原告の取締役は、全社員(多いときで7名)のうち被告を含めて多いときで5名、少ないときで3名であり、男性社員はすべて取締役でもあった。被告は、他の社員及び取締役と同様、毎年7月と12月に賞与を受け取っていたが、本来的には、他の取締役に対する賞与も役員賞与として計上する必要があったものの、これを社員扱いとし、ただ、税務上、代表取締役までが社員扱いをすることができなかったため、被告についてのみ役員賞与として計上していたに過ぎないのであるから、被告の賞与のみを問題にするのは妥当でない。
(三) 被告は、昭和27年暮れころ原告に入社以来、病気がちであったCを支えて大口得意先の獲得に努力し、Cの死後は代表取締役として原告の業務発展に貢献してきたのであるから、被告の年収が他の取締役のそれより高額となったとしても、実質的には平等であり、合理性を有する。
(四) 被告は、原告の代表取締役として、原告から、昭和46年からCが亡くなるまでの間、病弱で原告の経営に何ら貢献しないCに対し、家族の生活のこともあるので月額金100万円の給料(賞与を含む。)を支払っており、Cの死亡後は、同人の遺族に対し、弔慰金として、昭和52年3月期から昭和58年3月期までの間、合計金1,390万円を支払っているなど、株主であるC及びその遺族に対し破格の待遇をしてきた。
2 消滅時効の成否(消滅時効の起算点)
【被告の主張】
原告の請求は、損害賠償請求であるから3年の消滅時効ないしは10年の消滅時効が適用されるところ、本訴が提起された平成10年11月16日から3年ないしは10年以上前の分については、すでに消滅時効が完成しているから、被告は、これを援用する。
【原告の主張】
消滅時効は権利を行使することを得るときから進行するところ、被告は、昭和51年2月から平成10年8月31日に辞任するまでの間、代表取締役社長として原告の唯一の代表者であり、被告が退任後就任した現在の代表取締役が原告の帳簿等を検査したところ、被告の違法行為を発見したのであって、被告が代表取締役在任中は原告が被告に対して損害賠償請求を行うことは不可能であった。したがって、消滅時効の起算点は、被告が原告の代表取締役を退任した平成10年8月31日と見るべきであるから、原告の請求債権は未だ時効消滅していない。
3 原告の損害賠償請求が権利濫用にあたるか
【被告の主張】
仮に、被告において何某かの損害賠償責任が存したとしても、右1において主張した事情の下では、原告が被告に対して損害賠償請求権を行使することは権利の濫用にあたる。
【原告の主張】
被告の権利濫用の主張は争う。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
1 商法は、取締役の報酬につき、お手盛りの弊害を防止する観点から、定款でその額を定めなかったときには、株主総会の決議をもってこれを定めなければならないとしているが(商法269条)、特に、役員賞与については、それが役員の功労に対して会社の年度利益から支給されるべきものという性質上、当該年度の利益処分の一環として、株主総会において議案として提出し利益処分案としての承認を経ることが必要であると解するのが相当である(商法281条1項、283条1項)。
したがって、被告は、原告の代表取締役であるから取締役の1人として被告に対する役員賞与を含む利益処分案を作成し、取締役会の承認を得て、これをさらに株主総会に提出し、その承認を受ける必要があったものというべきである。それにもかかわらず、被告においてかかる手続きをとることなく自らに役員賞与を支給していたことを自認しているのであるから、被告が取締役として商法281条1項、283条1項に違反する行為を行っていたことは明らかである。
2 被告は、被告の行為が形式的には商法の規定に則っていないとしても、実質的には同法に違反していないとして種々主張するので、以下、その点について検討する。
(一) 被告は、Cがその代表取締役在任中に株主総会や取締役会を1度も開催しなかったことから、同人のやり方をそのまま踏襲したに過ぎない旨主張する。
確かに、証拠(乙一)及び弁論の全趣旨によれば、Cにおいても代表取締役在任中株主総会や取締役会を開催しなかったことが窺われるものの、Cの右行為自体が商法違反であることは明らかであり、前任者のやり方を踏襲したからといって自己の行為を正当化することはできず、そのことによって被告の行為の違法性に何らかの影響も及ぼすものとは認め難い。
さらに、弁論の全趣旨によれば、原告の株式は、Cの生前は実質的にはCがほぼ全株を所有していたこと及び同人の死後はその娘であり原告の現代表取締役であるAが全株を所有していることが認められることから、Cと原告ないしはその株主との間の利害は一致するのに対し、被告と原告ないしはその株主との間の利害は一致せず、対立する関係にあることに照らせば、たとえ外形的に見れば同様の行為であったとしても、Cの行為と被告の行為とを同視することは相当でない。
(二) また、被告は、原告の専務取締役や常務取締役等他の取締役社員についても被告と同様に賞与は支給されており、両者は帳簿上支出項目が異なるだけで、実質的には同一である旨主張する。
原告において他の取締役の現実に果たしていた役割は証拠上必ずしも明らかではないが、取締役の中には実質的には従業員に過ぎないものの対外的な営業政策上の必要から名目的に取締役としての肩書きを付していたに過ぎない者も存在することが窺われ(乙一、弁論の全趣旨)、これらの者と代表取締役社長である被告とをまったく同一に論じることは相当ではないし、また、仮に他の取締役のうちの何人かの賞与につき被告と同視し得るとしても、そうであるならば、逆にそれらの者の賞与についても、本来株主総会において利益処分案の承認を要すべきであったというべきであって、いずれにしても、他の取締役に支給した賞与につき株主総会において承認を受けていないからといって(そのことについて取締役である被告の責任を追及されることは有り得るとしても)、それをもって被告に対する役員賞与の支給に関して株主総会における承認を経ないことを正当化する理由とはなり得ない。
(三) 被告は、被告の年収が他の取締役らに比して高額になったとしても、原告に対する貢献度が大きいのであるから、実質的に平等であり、被告に対する役員賞与の支給は合理性を有する旨主張するので、以下、この点について検討する。
(1) <証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、Cが死亡した年度である昭和52年3月期以降の原告の売上高・当期利益等の業績の推移は別紙「X商事業績推移」<省略>のとおりであり、その間の被告の役員報酬・賞与を含む原告の人件費の推移は別紙「X商事人件費推移」<省略>のとおりであり、平成2年3月期以降の被告及び原告の他の取締役であるD(昭和43年10月入社、Aの夫でCの養子でもあった。)、E(昭和39年10月入社)及びF(昭和37年4月入社)らの収入の比較は、別紙「集計表」<省略>のとおりであることが認められる。
(2) 右の事実によれば、被告の収入は、昭和52年3月期は、役員報酬が金888万円、役員賞与が金142万円の合計金1,030万円であったが、翌事業年度においては、金34万8,679円の当期損失を計上したにもかかわらず、役員報酬が金72万円、役員賞与が金18万円それぞれ増額された結果、合計金1,120万円となり、さらに翌事業年度においては、当期損失が364万0,504円と拡大したにもかかわらず、役員報酬が金1,032万円、役員報酬が金110万円の合計金1,142万円と増額されているなど、その後も原告の損益と関わりなく増額を続け、かつ、その額が他の取締役の収入の2倍ないしはそれ以上のものであることが認められ、また、平成2年3月期を例に取ってみれば、原告の他の6名の人件費の合計が金2,601万円であるのに対して、被告1人で金1,206万円の役員報酬・賞与を得ており、原告の人件費の31.6パーセントにも及ぶことが認められる。
(3) 被告は、被告が原告に多大の貢献をしてきたことから、右収入の合理性が導かれる旨主張し、被告の陳述書(乙一)にも、被告が大口得意先を獲得するために如何に尽力したか縷々記載されている。
確かに、被告が原告の創生期においてCと2人で精力的に得意先の獲得に奔走して原告の基礎を造ったこと、Cが昭和31、2年ころに脳溢血に罹患したこともあって、その後の原告の営業活動は被告が中心となって行ってきたこと、そのために、Cは、昭和46年に代表取締役社長の地位を被告に譲り原告の運営を被告に委ねたことが認められる(乙一、弁論の全趣旨)。
しかしながら、他方、Cは、被告に原告の代表取締役社長の地位を譲ったものの、将来は当時すでにAと結婚しCの養子にもなっていたDに原告の経営を継がせたいと考えており、被告にはそれまでのつなぎ役として原告の運営を任せたこと(この点は被告自身も認めている。)、しかし、その後Cの死亡やDとAとの離婚等の事情があり、Dに代表取締役の地位が引き継がれないまま推移したこと、被告が代表取締役に就任したころ以降、営業活動の主体は、次第にEやFらに移転し、同人らが原告の営業活動を支えるようになっていったこと、保険業界にあっては、新規の得意先の獲得も重要であるものの、従前からの取引先との契約の更新、再契約やさらなる新規契約の獲得等、得意先の維持、確保も極めて重要であり、日々のきめ細かい営業活動が売上に多大の影響を及ぼすことなどの事実が認められる<証拠省略>。
そうすると、被告は、原告の営業基盤の形成・確立に功績のあったことは間違いないとしても、代表取締役就任後、代表取締役として他の取締役と比して極めて高額の役員報酬を取得するほかに、さらに加えて、原告の収益を無視してまで役員賞与を取得するほどの特別の功労があったとまで認めるには十分ではなく、その取得が実質的合理性を有するとまでは認め難いといわざるを得ない。
(四) 被告は、Cの弔慰金として、同人の遺族に対し、原告から合計金1,390万円を支払った旨主張するところ、確かに、証拠(甲一の1ないし7)によれば、原告の決算上、昭和52年3月期から昭和58年3月期までの間、合計金1,390万円の金員が弔慰金として支出された旨の会計処理がなされていることが認められる。
しかしながら、被告は、当初、月額金20万円ずつ5年間合計金1,200万円が弔慰金として支払われた旨主張していたが途中で主張が変遷していること、原告の経理担当者であったGが、当初は月々金20万円ずつ支払う予定であったが、その後原告の資金繰りが悪化して予定どおりには支払えなかった旨明らかにしていること(甲一三)、右原告の資金繰りが悪化した昭和54年7月に、Cの妻であるHが、被告の要請により、原告に対して金200万円を低利で融資しているが(甲九の1、2)、一方でCの遺族の生活を考慮して弔慰金を支払いながら、他方でCの妻から事業資金の融資を受けるなどということは通常考え難いことなどの点に照らせば、右の原告の会計処理が必ずしもその実体を忠実に反映したものとは認められない。
いずれにしても、会社の功労者に対して弔慰金を支払うことは殊更特別なこととは認められず、それを行ったからといって、被告の役員賞与の取得の実質的違法性に何らかの影響を及ぼすものとは認められない。
(五) 以上のとおり、結局、被告の行為は形式的に商法に違反しているばかりか、役員賞与の支給につき株主総会において承認を要するのは、役員によるお手盛りの弊害を防止し、株主のコントロール下に置くことにその目的が存するところ、実質的に見ても、代表取締役である被告と原告ないしはその株主であるIとの間に利害が対立し、かつ、被告は、他の取締役らあるいは原告の収益に比してかなりな高額の収入を得ていることに照らせば、被告の様々な主張にもかかわらず、被告による役員賞与の取得は商法に違反する違法なものといわざるを得ない。
二 争点2について
1 商法266条1項に基づく取締役の損害賠償責任の法的性質について、被告は、3年の消滅時効を援用するところをみると不法行為による損害賠償責任と解するもののようであるが、会社と取締役間の委任に準ずる契約関係(商法254条3項)による善管注意義務違反、忠実義務違反に基づく、債務不履行責任と解するのが相当である。
したがって、右債務不履行責任に基づく損害賠償請求権は、民法167条1項により、10年間行使しないことにより時効消滅するものと解するのが相当である。
2 ところで、原告は、平成10年8月31日までは被告が原告の唯一の代表取締役であったため、被告が代表取締役在任中は原告が被告に対する損害賠償請求を行うことは不可能であった旨主張する。
確かに、被告が原告を代表して被告に損害賠償請求することは不可能であり、また、原告の監査役は、平成10年6月30日まで被告の妻であるJであったことが認められるから(弁論の全趣旨)、監査役が原告を代表して被告の行為を差し止めたり、その責任を追及すること(商法275条の2、同条の4)も事実上不可能な状態にあったことが認められる。
しかしながら、原告の株式は、Cの死後、実質的にはすべてをAが所有していたのであり、同人は、株主として、被告が株主総会を招集しないまま原告を運営していたことは十分承知しており、また、被告が他の社員らと同時期に賞与を取得していたことは他の社員らも知っていたのであるから(甲一二)、当然Aも知らないはずがないであろうことに照らせば、Aは、株主として、被告の違法行為を差し止めたり(商法272条)、あるいは自ら株主総会を招集して被告を解任すること(商法237条)などにより違法な役員賞与の支給を回避することも十分可能であったはずである。原告とその株主であるAとは異なった法主体ではあるが、原告の全株式をAが所有していることに照らせば、本件に関しては、原告とAとを同視することができるというべきである。
したがって、実質的には、原告は、いつでも被告に対して損害賠償請求を行うことが可能であったと認めることができるから、本件訴え提起から10年以上前に成立した損害賠償請求権は、すでに時効によって消滅しているものと解するのが相当である。
そうすると、昭和52年3月期から昭和63年3月期までに被告に支払われた役員賞与に関する損害賠償請求権合計金1,635万5,000円は、すでに時効消滅しているものと認められるから、原告が被告に対して請求可能な債権は、平成元年3月期以降に支払われた合計金1,337万1,000円のみということとなる。
三 争点3について
被告は、原告の被告に対する損害賠償請求権の行使が権利濫用にあたる旨主張する。
前記一において検討したとおり、被告は、長期間にわたり、株主総会の決議を経ることなく、かつ、原告の利益の存否にかかわらず、自らに役員賞与の支給を続けてきたのであって、その結果、被告の代表取締役時代の末期には原告の経営状態がかなり悪化していたこと(証人E)などの事実に照らせば、被告主張の諸事実を最大限考慮したとしても、原告が被告に損害賠償請求すること自体を権利濫用とまで認めることはできない。
しかしながら、他方、<証拠省略>並びに弁論の全趣旨によれば、①事実上の唯一の株主であるAは、被告が株主総会を開催しないまま原告を運営していることを知りながら、何ら異議を留めず、長期間これを事実上黙認してきたこと、②原告の他の取締役らも原告から別紙「集計表」<省略>のとおり賞与の支給を受けてきたこと(その額は、時には被告と同等、場合によっては被告を上回ることもあった。)、③被告は、原告の資金不足の際には、被告が個人保証をして銀行から資金を借り入れるなどして、他の取締役を含む従業員に賞与を支給したこともあったこと、④専務取締役や常務取締役など原告の他の取締役らにあっては、法律上、取締役として代表取締役である被告の行動をチェックする機能を期待されており、かつ、違反行為により生じた損害については、被告と連帯して責任を負担することが義務づけられているにもかかわらず(商法259条、260条、261条、266条1項)、かかる義務や責任を十分果たさないまま、現在もなお、従前どおり原告の取締役の地位に留まり、こぞって被告を非難するのみであること、⑤原告は、他の取締役らに何らかの責任を追及した形跡は認められないことなどの事実が認められ、かかる事実に照らせば、本役員賞与の支給によって原告に生じたすべての責任を被告のみに負担させるのは衡平の見地から必ずしも相当とは言い難い(結局、原告においては、株式会社として本来商法等の関係法規が予定している各種機関の各種権能が十分に機能していなかったことが認められるのであって、被告の行為についてのみ法律を厳格に適用し、すべての責任を負担させることは相当性を欠く結果となる。)。したがって、かかる事情を総合した結果、前記二の損害賠償請求債権合計金1,337万1,000円のうち、その5割である金668万5,500円を超える請求については、権利の濫用にあたるものと判断する。
四 結論
以上の次第で、原告の被告に対する本件請求は、金668万5,500円及びこれに対する本訴状送達に日の翌日であることが本件記録上明らかな平成10年11月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 村岡寛)
<以下省略>